館長メッセージ

「夢の国 燃ゆべきものの 燃えぬ国 木の校倉の とはに立つ国」

 こう詠んだのは文豪、森鴎外です。現在の東京・京都・奈良の国立博物館を束ねる帝室博物館総長兼図書頭でもあった鴎外は、大正7年(1918)から正倉院の開封の立会人として毎年秋には奈良の地を訪れていました。鴎外には千数百年の時を超え、天平の建物が今に残るという悠久の歴史を育んできたこの奈良の地が、まさに「夢の国」に思えたのでしょう。この「夢の国」に誕生したのが奈良国立博物館(奈良博)なのです。

 奈良博の誕生は明治28年(1895)4月29日。それから130年。奈良博は開館以来、特に南都諸社寺のご協力をいただきながら仏教美術研究センターとしての役割も十分に踏まえつつ、さまざまな文化財と奈良のもつ歴史・文化的景観の有機的な連携を考えながら活動して参りました。

 しかし、私たちを取り巻く社会は、これまでとは違い、急速にその姿を変え、人類の共存と共生のための多くの課題が私たちに突きつけられています。こうした状況の中で「博物館は何ができるのか」という問題に真摯に対峙しなければなりません。そのうえで、平和で持続可能な成熟した社会形成に貢献することこそ、開館130年を迎え、真の国際化を踏まえた魅力ある博物館の構築を目指すナショナルセンターとしての奈良博に与えられた大きな使命であると思っています。
  
 明治21年(1888)、日本の文化財保護に尽力したアーネスト・フェノロサは奈良市浄教寺での講演で、次のように述べています。「今日、この奈良に存在せる所の古物は、独り奈良一地方の宝のみならず、実に日本全国の宝なり。(中略)世界においてまた得べからずの至宝なり。故に余は信ず。この古物を保存護持するの大任は、すなわち奈良諸君のよろしく尽すべきの義務にて、また奈良諸君の大いなる栄誉なり」。私は、この「奈良諸君」を「奈良博」に置き換えて、彼の言葉を心に深く刻みたいと思います。

 文化財保護に尽力した先人たちの熱き思いをしっかりと受け止め、改めて館員全員で、これまでの奈良博の伝統を重んじつつ、そこに革新性を採り入れながら多くの方に愛され、親しまれる博物館を目指していきたいと思います。奈良博が「夢の国」のシンボルとなることを夢見て。引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。

館長 井上 洋一